のど飴戦士アイバチャンSeason11.5 【同じ空の下、紡ぐ物語〜小話集⑭】
⑭小話〜銀色のメダル
※これはフィクションです。
登場する人物、場所、団体等は実際のものとは一切関係ございません。
学校やスポーツに関する記述は制度についての調査をしておらず、実際と異なる可能性があります。
あらかじめご了承ください。
ここは、とある人物の部屋。
部屋の主人は、現在27歳。
都会の商社勤務。一人暮らし。
週末に実家のこの部屋へ帰ってくる。
部屋に並ぶたくさんのトロフィーやメダル。
黄金色に輝くトロフィーも今では埃が被ってしまっている。
それらが並ぶ中央の1番前にはたった1つだけ、銀色のメダルがある。
周りにあるどの金色のものよりも手前にあり、誇らしげにも見える。
そして不思議なことに、この銀メダルにだけ埃が被っていないのだ。
帰宅した主人が部屋に入る。
その銀色のメダルを手に取って、
汚れてもいないのに綺麗に拭きとって、
大切そうに元の場所に戻す。
他のメダルやトロフィーはそのままだ。
部屋の主人に尋ねる。
すごく悔しかっただろう。
しかし、彼は答える。
いいや。
今度はこう尋ねる。
本当は金メダルが欲しかったか。
彼は答える。
まぁ、そうだけど仕方ないね。
再び尋ねる。
悔いはあったか。
彼はこう答える。
全くない。
清々しく答える彼は続けて語り出した…。
子供の頃からずっと野球をやっていた。
始めた頃はすごく楽しくて、毎日夢中で練習していた。
そのうち実力が伴うようになり、天才と持て囃されるようになっていった。
女手一つで育ててくれた母も、結果を残すたびにすごく喜んでくれたので、それが励みになり、さらに頑張ることができていた。
ただ、1つ気がかりがあった。
野球と同じくらい楽しみにしていたことがあった。
2つ年の離れた弟と一緒に遊ぶことだ。
甘えん坊な弟は自分を見ては喜んで、自分が帰ってくると
「お兄!おかえり!」と駆け出してくるのがとても可愛かった。
しかし、母は弟に厳しすぎると感じていた。
「お兄ちゃんは疲れているんだから、休ませてあげなさい」
と遊びたがる弟を制止していた。
弟も、「お兄と一緒に野球をやりたい」と言ったが、母はあんたは飽き性だからと反対し、やらせようとはしなかった。
最近「目がおかしい、変」と目の違和感を訴えていたのでそれも反対する要因にはなっていたみたいだ。
眼科では異常なし。
母さんは僕には優しくて手をかけてくれるんだけど、弟にはあんまり構ってないように見えた。
だから構ってもらいたくて仮病でも使ってるんじゃないかと思われていたみたい。
膨れっ面をしてかわいそうだと思ったから来るだけならいいと思って連れて行って練習に少しだけ参加させてあげた。
それはそれは喜んでいて、かなり疲れるメニューのはずなのに最後まで笑顔でやっていた。
「お兄、ボール投げてー!打ちたい!」
「ええよー、気ぃつけてな。」
ちょっと甘めに投げたボールにフルスイングして、ホームランになった。
「もっと早くてええよ。多分打てるわ。」
どうやら、どんなに早く投げても全部見えているらしい。
飛んでいるハエもスローモーションで見えているといい、目の前を飛んできたハエを潰さないように素手で捕まえられたのだから驚きだった。
今思えば、「目がおかしい」という症状はそういうことだったのかもしれない。
その後も弟は喜んで野球の練習に参加していたのだけれども。
「天才野球少年の弟」と呼ばれるようになった。
最初は喜んでいたようで
「お兄はスゴイんやで!」
と返していたんだけれども、
毎日何度も言われすぎた。
次第にその言葉に重圧に感じてしまったのか、弟は1週間ほどで練習に来なくなってしまった。
母からは
「ほら見たことか。続けられないだろ。」
と言われる始末。
あのときの絶望にも似た表情はなかなか忘れられないものであった。
そして母の厳しさは、ある日を境にもっと厳しくなってしまった。
その後も色々あって。
月日は流れていった。
俺は大阪にある野球の名門校への進学が決まり、寮生活をするために実家を出た。
中学2年になった弟は「お兄おめでとう。」と言ってくれて、素直さは相変わらずだったんだけど。
少しずつ服装や髪型が華美になり、夜に出歩いて遅くまで家に帰ってこなくなったそう。
お巡りさんに連れ戻されることもあったとか。
「あんた、こんな時間にどこ行くん?」
「ダチと約束した!」
「またお巡りさんの世話になる気?
恥ずかしいわ!」
「うっさいなぁ!」
「ちょっと、あんた!」
(バタン!)
「天才の弟なのに」
「弟くんは面汚ししている」
野球を辞めても2言目には自分の弟であることを言われ続ける日々は続いていた。
後に言っていた。
自分のお兄なのに、まるで雲の上の存在のようですごく寂しかった。
みんながお兄のことを知ったような口で喋っていて、オレのこと社会の底辺みたいに言われていて、自分より世間の方がお兄に近いみたいですごく嫌だった…と。
それから2年が経ち、弟が高校進学するとき。
行方がわからなくなってしまった。
お兄ちゃん子だったはずの弟は、自分にも何も話してはくれなかった。
そこまでするなんて、相当つらい想いをしていたはずなのに。
俺は、あの小さな背中にたくさんのものを背負い込ませてしまった。
1人で抱え込まないで、兄ちゃんにはなんでも話してほしかったけど。
あいつの悩みは全部俺のせいだ。
進路は全て自分で決めたらしく、学校を介さずに受験や入学の手続きまでしてしまっていたらしい。
挙げ句の果てに、捜索願の不受理届まで出しいるのだから探しようがなかった。
かなり計画的な家出だった。
母は心配して、パートの合間で弟を探し歩くようになった。
自分も高校や部活の合間で探したがなかなか見つからない。
半年が経った頃だった。
弟が見つかった。
生まれ育った兵庫を離れて、広島県内の高校に入学していたのだ。
県内ダントツのヤンキー校に進学し、仲間と一緒に寮で楽しく暮らしているとのこと。
広島県内トップのギャルサークルに入り、ギャル界のトップに上り詰めたという話も聞いた。
それで、日本のギャルの中で有名になってクラスの女子が毎日弟の話で持ちきりなのでようやく居場所を突き止められたのだ。
弟に会いに行くと、華美な服装はより華やかさを増し、髪も派手な金髪に染められていた。
ギャル男、だった。
ただ、俺を見た時の笑顔は何も変わらない。
喧嘩は強くないので、取り巻きのヤンキーに守ってもらっているらしく1人だけ綺麗な顔をしていた。
「ここにいることはオカンには絶対言わないで」と言われた。
そんなわけにいかない、お前のことを毎日探し歩いている、と言ったがなかなか首を縦には振ってくれなかった。
そして、驚くべきことがもう1つ。
入学してすぐに仲良くなったマブ?に誘われて、野球部に入部したらしい。
俺が兄貴だということが一切バレていないため、兄貴と比べられることなく、楽しく野球に励めているというのだ。
久しぶりに自分を自分として見てもらい、評価してもらえる居場所を見つけたそう。
それから数ヶ月後。
俺は甲子園に出場することになった。
高校3年、最後の甲子園。
2年間、完全試合で春夏連覇している。
今年の春も完全試合で優勝。
最後の夏も完全試合を繰り返して勝ち進め、マスコミがざわつく。
連日試合がニュースになって、プレッシャーが高まる。
そして、決勝戦…
対戦校は、広島県の高校。
弟のチームだった。
ニュースは更に賑やかになる。
天才野球少年と不良の兄弟対決
そんなことも言われていた。
こいつの可愛いところ、何にも知らないくせに。
純粋なところ、何にもわかってないくせに。
寂しがり屋なところだって、ビビリだから試合開始のサイレンの時に耳を塞いでいることだって、誰も何もわかってないくせに。
昔は運動会のピストルの音で悲鳴あげて気絶してたのだって。誰も何も知らない。
それでまた、あいつが悲しくなるような騒ぎ方をする。
新しく出来た居場所では、野球を楽しいと思って出来ていたのに。
また嫌な記憶を増やそうとする。
もう、やめてくれ。
俺の弟を、もう傷つけないでやってくれ。
俺のせいなのはわかってる。
もうわかったから。
弟だけは解放してやってくれ。
こんなにも世間に悪態をついたことはない。
不満の目を向けながらニュースを眺める。
そして試合が行われる。
次々と三振を取り、また完全試合かと騒がれてるんだろうなと想像する。
もういい、だれか止めてくれ。
そう思ってたら、バッターボックスには弟が立つ。
ニコニコしながら、楽しそうにバットを握っていて…
羨ましいなと思った。
俺は、いつのまにか野球を楽しめなくなっていたから。
初球、俺の投げた投球は見送られた。
ちゃんと見ていた。
今まで対決した誰よりも、俺の投球をよく見ていた。
ボールを見つめるその瞳は幼かったあの頃と何も変わらない。
そして2球目。
弟のフルスイングは快音を立ててバックスクリーンに衝突する。
その後も、弟には毎打席ホームランを打たれる。
俺は、初めて野球で負けた。
弟に負けた。
予想はしていた。
こいつ、実は1回戦からホームランしか打ってないのだ。
動体視力の良さは今も変わらないみたいだ。
ボールも、新幹線も、銃弾も。
なんでもスローモーションで見える。
小さい頃は毎日素振りをしていた。
だから、ボールの来るところへバットを運ぶのも大得意。
ただボールが見えるだけじゃなくて、ボールに合わせて動くこともできる。
だから、俺の投げた球を打つなんて容易いことなんだ。
俺と、弟の間には圧倒的な実力の差があった。
俺は、全ての実力を出し切った。
チームメイトも全ての実力を出し切った。
誰もエラーはしてない。
ただ、実力が及ばず負けてしまった。
だから、後悔はないし悔しくない。
連覇を続けた甲子園は銀メダルで終わりを遂げた。
そして、マスコミからのインタビュー。
「兄弟対決、本当に感動しました。」
「弟さんとの野球エピソードを教えてください。」
「お兄さん、3年間お疲れ様でした。」
初めてだった。
そういえば俺、兄貴って言われたことがなかったんだ。
あいつは俺の弟だって言われ続けてたのに。
俺は兄貴だと1回も言われたことがなかったんだ。
それがすごく嬉しかった。
ずっと、お兄ちゃんって呼ばれたかったから。
あいつが俺の弟だと世間に認められていたように、俺もあいつの兄貴だって認められたかったから。
だから、この銀メダルは。
俺が初めて兄貴と認められた証なんだ。
このメダルは、可愛い弟が自分らしくいられる場所を見つけて、たくさんの仲間に恵まれて、苦難を乗り越えて勝ち取った金メダルと同じくらいずっしりと重かった。
あのあとすぐに俺は野球を辞めた。
別に試合で負けたことがきっかけなわけではなく、ずっと辞めるタイミングを探していたんだ。
弟の方は続けるのかと思ったら、あいつも肩を壊したとか言って辞めてしまった。
キャッチャーがどうやって肩壊したんだって感じなんだけど。
肩の具合はかなり悪かったらしく手術しないといけなかったそうで。
未成年だから保護者の同意書が必要になるものを、親は説明を聞きに来れないから代わりに伝えておく、と病院に言い、保護者の同意書を勝手に書いて肩の手術を受けたらしい。
実家に帰るつもりはないからって、そう言ってた。
それから8年経って。
あいつとは毎日連絡は取り続けている。
相変わらずのお兄ちゃんっ子だ。
しばらく定職につかなかったけど、今では地元に戻ってきて、昔からの夢だった警察官になった。
地元の小さな交番に勤めている。
風貌は金髪ギャルのまんまなんだけど。
上司は認めてくれているみたい。
仕事ぶりはいいし、町の人ともうまくやってる。
町へ帰ると、町の人たちから
「お兄ちゃんおかえり!帰ってきたんだね!」
「お兄ちゃん!
さっきちょうど坊っちゃんパトロールしに来てたんだよ!
あんたまだ見たことないやろ?
見せてあげたかったわ〜!」
「お兄ちゃん!坊っちゃんな?ウチの電球変えてくれたんやで!」
「ウチは婆さんが迷子になってたところを送り届けてくれたで!」
「お兄ちゃん、あの子どこの美容室行ってるの?あの髪の色めっちゃええから真似したいのよ〜。
ひまわり歩いてるみたいで元気出るやん!」
今じゃ立場完全逆転。
弟は町の人から可愛がられて大人気。
おばさま達におせっかい焼かれているそう。
誇らしい。
兄貴はすごく嬉しいよ。
ほら、お前が弟って呼ばれてたときには2言目にはディスられてたんだろ?
俺はお前がひたすら褒められてるのを聞いてるからすごく嬉しい。
あいつ、
「100年間家出してるダチが年1で家に帰ることになったんや。今週末は俺も実家行くわ。
お兄も一緒に来てよ。」
なんて連絡くれてたから、ついて行ってあげるんだ。
100年って盛ってるんかな?
どんな友達なんや?
魔物の多い町だから、多分魔物とも仲良くやってんやろか。
あいつ、母さんとはまだ疎遠で関係修復出来てない。
母さんも母さんであいつにはつい厳しいこと言っちゃうから。
働きぶりの心配はしてない。
母さんも俺と同じように町の人から全部聞いてるから。
ただ、仕事柄危ないところに行ってないかとか、一人暮らししてるから食事の心配はしてる。
夜も働く仕事やから、生活リズム乱れて身体壊してないからとか。
魔物に襲われてないかとか。
母さんは厳しいこと言ってるけど、内心はお前のことばっか考えてんだよ。
小さい時からずっと。
家の中で立て篭り事件が起こって、お前が人質になった後からは特にそう。
(ピコン)
もう1度、弟から連絡が来た。
「オレも帰るって、オカンに言っておいて」
だと思った!!
もう立派な大人なのに世話が焼けるなぁ。
可愛いんだけど。
うーん、お兄ちゃんが甘やかしてやるか。
(終)
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